引用:じゅんちゃん
【特集】昭和天皇に戦争責任はなかったのか?!~ヒトラーと一緒にするなという人達の欺瞞~
https://www.youtube.com/watch?v=ZRNiqIZjaGY&t=936s
参考:黒木頼景氏ブログ「無敵の太陽」
政治思想が真っ赤の経営評論家
企業運営や経済政策を専門に提言する大前氏は、格好つけて政治や歴史を語り出す。典型的な戦後世代のビジネスマンである。お金儲けと無国籍経済を主張するコンサルタントの、国家観や歴史認識が酷すぎるのだ。日教組に洗脳されたままの頭で、我が国の歴史を断罪し、天皇陛下まで貶める。支那人や朝鮮人ためなら英霊だっていらないのだ。現在の生活やお金のためなら、日本人が大切にしてきた信仰や文化を弊履の如く捨て去るのである。
改革開放路線で経済発展する支那の胡錦濤様がいらっしゃるのに、小泉純一郎首相が靖国参拝をしてせっかく築き上げた日中関係をぶちこわした、と大前氏は怒っている。(「最強のビジネスマン」講座 第56回 『サピオ』 2005年5月25日号 p..89) 支那人の気持ちを察する大前氏は、支那との関係を重用しせねばならぬのに、外務省の阿南惟茂(あなみこれしげ)大使らは支那の教育方針を調べて日本政府に報告しないのはダメじゃないか、と叱っているのだ。支那人や南鮮人が日本人と歴史認識を巡って対立する「構造問題」に言及している。この問題を解決するには、3か国共通の教科書を作ること。もう一つは、3か国がどのように歴史を教えているかのデータを共有して、教室の授業でディスカッションする。できれば教師の交換を行い、3か国が真正面から問題に取り組むべし、と提言している。
支那人や朝鮮人と共同の歴史教科書作成なんて幻想である。もしそんな教科書を作ろうとしたら、日本側が一方的に譲歩して支那・朝鮮の言い分で歴史が記述されて「日本懲罰教科書」が出来上がってしまうだろう。しかも、支那人教師が日本の学校へ派遣されたら大変だ。北京政府は工作員を教師にして、日本の子供を騙して支那贔屓にするばかりか、英霊や天皇陛下に対する憎悪を植え付けるだろう。朝鮮人教師は気違いじみた授業を行うであろうことは、すぐ目に浮かぶ。大前氏の頭の中には、外国の謀略や思想操作という発想がない。こんな人物が日本人は世界を知らない、と説教するのだから、大前氏の読者は知能がよほど低いのではないか。
首相が国家元首だって?
2000年に森喜朗首相が「神道政治連盟国会議員懇談会」で、「日本は天皇を中心とした神の国」と発言したのを咎めている。何が悪いのか? 日本の歴史を見れば当然の発言ではないか。幕府将軍は朝廷から官位を貰っていたし、誰も天皇陛下に取って代わって皇帝になろうとしなかった。支那人と違い、我が国には易姓革命が無かったのである。天子様は神聖でいつも仰慕(ぎょうぼ)されていた。ところが、大前氏は違うらしい。
昭和18年生まれの私は、戦後民主主義教育によって、戦争放棄、主権在民の平和憲法を徹底的に教え込まれてきたため、森首相の「神の国」発言には鳥肌が立つほどの違和感を覚えた。 ( 大前研一 「Just Do It 」『サピオ』 2000年7月26日 p. 34)
若い世代は天皇や天皇制に対する実感がないから、「天皇を中心とする神の国」と言われてもその意味が分からぬのだろう、と推測する。大前氏は、森首相は「皇国思想」思想で30年間議員を続けてきたのか、と呆れている。青嵐会のようなタカ派であったことが国民にバレたのだ、とも述べている。大前氏は現憲法上では首相以外国家元首は有り得ないと断言している。国家元首は機関だから、象徴天皇は国家元首になり得ないそうだ。そして森首相には国家元首の自覚がないと批判している。
小渕首相の葬儀の時に外務省が外国要人の序列を間違えている、と大前氏は指摘している。オーストラリアのハワード首相、マレーシアのマハティール首相、カンボジアのフンセン首相が「国家元首」ではなく「首相級」に分類されたことが気にくわないのだ。小国の王様の方が席順が上だったからだ。オーストラリアはブリテン連邦に属しているから、国家元首は女王陛下である。マレーシアとカンボジアも立憲君主制で王国だから、首相は国家元首ではない。それなのに、大前氏は三名の首相は名実ともに「国家元首」だと言い張る。ならそれぞれの首相に直接聞いてみろ。君主制国家で国王でもない行政官が元首なんて言えるのか? イングランドの小学校にでも入学したらどうだ? 大前氏はよくそんな認識で、我々に外交を語れるものだ。大前氏の世代は学校で「日本の国家元首は首相である」と習ったからだという。(p35) もう馬鹿な学校秀才の典型例である。アメリカ占領軍が、戦争犯罪人の日本へ押しつけた仕置き用の掟(おきて)集が、今のマッカーサー憲法なのだ。大前氏に聞きたい。それなら、欧米の駐日大使らが日本に赴任すると、なぜ天皇陛下に拝謁するのか。国家元首の代理者(vicar) が、赴任先の国家元首である天皇陛下を訪れて挨拶するのだ。こんなの常識だろ!
そもそも大前氏は憲法史が分かっていないのだ。憲法(constitution) とは本来「國體(こくたい)」を意味し、いはば国家の体質を述べているのである。古代は慣習法が王国の基本法を形成しており、現在のように体系化された成文の法典になっていなかったのである。イングランドでは未だに憲法典は存在しない。古来の慣習法や法令の束が膨大にあり、法学者はそれらを研究したり、参照したりして判決を下すのである。法学院の学生は古来の法からその叡智や神髄を学ぶのである。大前氏は、大日本国帝国憲法(明治憲法) を今日読んでみて「その古さと危険性に改めて驚かざるを得ない。あの憲法にして、あの戦争があったのかという因果関係の必然性に、慄然とするのである。」と述べている。( 大前研一 『平成維新』 講談社 1989年 p..284)
大前氏は、明治の元勲が帝国憲法を創案するに当たって、伊藤博文や陸奥宗光が憲法学の基礎も知らなかったと思っている。伊藤や陸奥は当時の憲政史の大家であるルドルフ・フォン・グナイスト(Heinrich Rudolf von Gneist ) やローレンツ・フォン・シュタイン(Lorenz von Stein) について学んでいるのである。陸奥などは留学してシュタインのもとで勉強したくらいだ。憲政史や西歐史に疎い大前氏には、理解不可能だろうから、これ以上述べることは無駄であろう。(読者は英国のHenry Bracton, Sir Edward Coke, Sir Matthew Hale , Sir William Balckstoneを参照していただきたい。) 無知を天下に晒していることに気づかぬ大前氏は、伊藤博文が明治天皇を帝国憲法下で絶対君主と規定したと述べている。(p...298) 読者は笑いすぎて腹筋が引きつらぬよう注意せよ。こんな暴論を聞いたら、明治天皇と伊藤博文は唖然とするだろう。立憲君主として国民を慈しまれた明治大帝が、綿密に検討された帝国憲法で専制君主のように規定されるわけないだろう。どういう思考ならそんな見解が生まれてくるのか、正常な日本国民には分からない。
要するに大前氏の頭は、フランス革命の左翼憲法史観で汚染されているのだ。お金でしか物事を判断できぬ大前氏によれば、憲法は「国民個々及び全体の生活効用(幸福等) の最大化を目的として、そのための重要課題について規定する」ものらしい。損得勘定を超えた国家の伝統や歴史などは彼の眼中には無いのであろう。経済的効率を考えれば、なぜ大金を掛けて皇室や王室を維持せねばならぬのか、が分からない。左翼はそんな貴族制度の遺物は廃止しろと叫ぶ。国家は生命体であることに気づかぬ愚者が多いというのがよく分かる。
昭和天皇が戦犯だって?
経営手腕に詳しくても歴史知識に乏しい大前氏は、よせばいいのに歴史問題にちょっかいを出す。日経新聞がスクープした富田朝彦メモに飛びついたのである。この富田朝彦は隠れコミュニストで、昭和天皇のご発言をねじ曲げて自分の主張に利用したのである。皇室伝統や日本の国体を理解しいてない大前氏は、子供の頃に受けた教育だけで発言しているのだ。日経BPのブログで富田メモに触れている。( 第40回 「A級戦犯問題を『論理思考』で考察する」 日経BP社 「産業突然死」の時代の人生論 2006年8月9日) いつものように大前氏は、国家を会社に例えることが好きである。
“ 昭和天皇は戦前、日本の頂点に立つ最高責任者だった。会社で言えば社長にあたる。その天皇本人に責任がないはずがない。
昭和天皇が社長ならA級戦犯は執行役員たちだ。にもかかわらず、昭和天皇かが自分には責任が無く、部下追い込まれたような言い方をしている。また、自分の筆頭部下だった人ちた、つまりA級戦犯の人たちを「あいつは嫌いだ」「こいつに嘘を付かれた」「そいつにやられた」と個人攻撃をするのもどうだろう。”
大日本帝国憲法下で昭和天皇は統帥権をもつ大元帥陛下であったが、実際は内閣総理大臣に政務を委任していたのである。これは、渡部昇一先生も指摘されているが、明治の元勲は首相が兵馬の権を持てば幕府将軍になってしまう虞(おそれ)を抱いていたからである。明治天皇は伊藤博文ら元勲に信頼を寄せて、政務や軍事を任せていらしたし、だれも陛下が御親政(ごしんせい) を望まれることなど想像していなかったのである。だから明治政府は憲法に首相の権能を明確に記述しなかったのである。英国と同じく立憲君主制を理想とし、不文の慣習法でよいと思っていたのである。
昭和天皇が戦争責任を臣下に押しつけ、自分だけ命拾いをとようとした、と大前氏は本気で思っているのか。陛下は戦争犯罪の共犯者という発想は、まさに戦後左翼の思考ではないか。大前氏は富田元長官がメモを書いた頃(1988年ころ)を指して、
昭和天皇から“共同正犯”という意識は薄れ、自分は被害者だ、A級戦犯が犯人だ、特に松岡、白鳥などを祭るとは何事か、筑波の跡を継いだ松平宮内大臣の息子(永芳氏)はとんでもない勘違いをしている。何たることか、と心情を吐露している。それから自分は靖国神社を参拝しなくなった、と言っている。つまり自分を追い込んだ軍部の面々が一緒では嫌だ、という理屈だ。・・・・いずれにしても、昭和天皇は免訴され、他の戦犯と一緒に裁かれることなく、責任も取らず、「新しい任務」が与えられた。
この経営コンサルタントは立憲君主制をまったく分かっていない。イングランド王国は立憲君主制の模範であり、欧米の憲政学者は必ず勉強する国である。大前氏にイングランド憲政史の大家フレデリック・メイトランド(Frederic W. maitland) やウィリアム・ホルズワース(William S. Holdsworth) の著作を読めといっても無理だろう。欧米の教養が足りなさすぎる大前氏には理解できまい。このブログ読者には、是非ウォルター・バジョットの『イギリス国体』を読んでもらいたい。日本の立憲君主制を知ったら、欧米の知識人はきっと驚くだろう。昭和天皇には「警告権(the warning right)」すら無かったのである。バジョットが国王の権能について述べている。
その問題を手短に述べると、イギリスのような立憲君主政のもとでは、君主は三つの権利をもつ。すなわち、相談を受ける権利、奨励する権利、警告を発する権利である。・・・・君主は大臣に向かって言う、「これらの政策の責任は汝にある。最善と思うことを成せ。汝が最善と考えるものは朕の全面的かつ有効な支持を得るものとなろう。ただし、あれやこれやの理由から、汝の提案を実行することは具合が悪い、いろいろな原因から提案せぬ方がよいということに気づくであろう。朕は反対せぬ。反対せぬことが朕の義務である。たが、朕は警告することを覚えておくがよい。 (Walter Bagehot, The English Constitution, in The Works of Walter Bagehot, Vol. IV, Edited by Forrest Morgan, Hartford, 1891, p. 112)
欧米の教養をもつ紳士ならウォルター・バジョットの言うことくらい常識として知っている。立憲君主制の統治機構くらいは大学生でも理解しているのだ。大前氏の周りには知能が高い紳士がいないのであろう。東洋のカエルくらいにしか思われていないのだ。まったく恥ずかしい。欧米の君主や貴族なら、昭和天皇が麾下の軍隊に対して言外の脅しや睨みをしていなかったとは、信じられないのである。王国の命運が懸かっているのに、臣下の暴挙を阻止できぬとは考えられないのである。だから欧米人は昭和天皇に責任があると、勘違いしてしまうのだ。
立憲君主を生真面目に遵守しようとなされた昭和天皇は、じつに痛々しいお姿に見える。臣民が英米を相手に闘えば、必ずや大量の戦死者が出るとことを確信なされていたのである。共産主義者の近衛文麿が対米戦争を仕組み、東條英機が阻止できなかったのだから、陛下の御宸襟(ごしんきん)は張り裂けんばかりであった。対米開戦のとき鈴木貫太郎大将が内閣を率いていれば違ったであろうが、真面目が取り柄だけの東條首相では力不足であった。
大東亜戦争も末期にさしかかった頃になって、ようやく陛下が公式にご下問できたのである。木戸内大臣や鈴木首相、東郷外相などをお召しになった陛下は、ご自分のお命は一切顧みず、国民の命を救いたいことのみをお考えであった。臣民が選んだ若きプリンスが赤い悪魔で、スターリンの日本占領のために国家破壊を目論む一方で、戦争反対の陛下は全責任を背負うおつもりであった。陛下の御諚(ごじょう)を我々は知るべきだ。
私は世界の現状と国民の事情とを充分見当した結果、これ以上戦争を続けることは無理だと考える。・・・・陸海軍の将兵にとって、武装かいじょなり、保障占領というようなことは、まことに堪え難いことで、その心持ちは私にはよくわかる。しかし、自分はいかになろうとも、万民の命を助けたい。この戦争を続けては、結局我が国がまったく焦土となり、万民にこれ以上苦悩を嘗めさせることは、私としてはじつに忍び難い。祖宗の霊にお応えできない。
わたしは、明治大帝が涙をのんで思いきられた三国干渉当時の御苦衷をしのび、この際耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一致協力将来の回復に立ち直りたいと思う。・・・・
( 甘露寺受長 『天皇さま』 日輪閣 41年 pp.283-284 )
陛下は白い手袋の指でしばしば眼鏡を拭われ、頬をなでられたのである。まわりの者から涙が溢れてきた。御諚が終わると、皆がすすり泣き、しゃくり上げる声で一杯だった。陛下の御聖断にそれぞれが感動し、感謝の念で胸が詰まっていたのである。大前研一よ、お前も日本人ならこれくらい理解しろ。お前なんぞ東京都知事になってふんぞり返ることしか頭になかったんだろう。国民のために絞首刑台に立てるのか? 自分が反対したことの責任を取って、黙って首を差し出せるのか? お前のネクタイで一度試してみろ。
昭和天皇の苦悩も知らずに、何が“論理思考(ロジカルシンキング)”だ。よくも「明治憲法下で統帥権をもつ昭和天皇の戦争責任は明白である」などと口にできるものだ。お前がご自慢のクラリネットは法螺貝か? ドレミじゃなくてホラを吹いているんじゃないか。
戦後教育の左翼偏向に気づかぬ大前氏は、朝日新聞やNHKの代弁者である。
(私は)一貫して分祀論者、靖国参拝反対論者であった。支那や朝鮮の反発を避ける方法として、靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵の「アーリントン墓地化」を提案してきた。公人は千鳥ヶ淵の墓地蚤参拝で、靖国は国民の統合の象徴(天皇)、および選ばれた代表(首相など)は参拝しない。靖国神社は自分たちの好きなようにすればよい。支那人や朝鮮人に配慮し、未来へ向けての善隣・有効を促す。このプロセスを冷静に経過せずには国民的な集団知(IQ)も向上しないだろう。
もういい加減にしろ、大前! 千鳥ヶ淵にそんな墓地を作ったって、誰も参拝に来ないだろう。国家に命を捧げて散華した英霊に無宗教で祈るのか? 信仰に基づかない墓地で、国民が神聖な祈りを捧げるのか? 日本人は神社の境内をうろつく野良犬じゃないんだ。大前よ、参拝の意味が分かっていないんだろう。我々日本人は、祖先が大切にした信仰心と愛国心で英霊に感謝するんだ。日本人は純粋素朴に心の中で手を合わせるんだ。分かったか、大前。お前なんか支那か朝鮮に行ってしまえ。つづく。
企業運営や経済政策を専門に提言する大前氏は、格好つけて政治や歴史を語り出す。典型的な戦後世代のビジネスマンである。お金儲けと無国籍経済を主張するコンサルタントの、国家観や歴史認識が酷すぎるのだ。日教組に洗脳されたままの頭で、我が国の歴史を断罪し、天皇陛下まで貶める。支那人や朝鮮人ためなら英霊だっていらないのだ。現在の生活やお金のためなら、日本人が大切にしてきた信仰や文化を弊履の如く捨て去るのである。
改革開放路線で経済発展する支那の胡錦濤様がいらっしゃるのに、小泉純一郎首相が靖国参拝をしてせっかく築き上げた日中関係をぶちこわした、と大前氏は怒っている。(「最強のビジネスマン」講座 第56回 『サピオ』 2005年5月25日号 p..89) 支那人の気持ちを察する大前氏は、支那との関係を重用しせねばならぬのに、外務省の阿南惟茂(あなみこれしげ)大使らは支那の教育方針を調べて日本政府に報告しないのはダメじゃないか、と叱っているのだ。支那人や南鮮人が日本人と歴史認識を巡って対立する「構造問題」に言及している。この問題を解決するには、3か国共通の教科書を作ること。もう一つは、3か国がどのように歴史を教えているかのデータを共有して、教室の授業でディスカッションする。できれば教師の交換を行い、3か国が真正面から問題に取り組むべし、と提言している。
支那人や朝鮮人と共同の歴史教科書作成なんて幻想である。もしそんな教科書を作ろうとしたら、日本側が一方的に譲歩して支那・朝鮮の言い分で歴史が記述されて「日本懲罰教科書」が出来上がってしまうだろう。しかも、支那人教師が日本の学校へ派遣されたら大変だ。北京政府は工作員を教師にして、日本の子供を騙して支那贔屓にするばかりか、英霊や天皇陛下に対する憎悪を植え付けるだろう。朝鮮人教師は気違いじみた授業を行うであろうことは、すぐ目に浮かぶ。大前氏の頭の中には、外国の謀略や思想操作という発想がない。こんな人物が日本人は世界を知らない、と説教するのだから、大前氏の読者は知能がよほど低いのではないか。
首相が国家元首だって?
2000年に森喜朗首相が「神道政治連盟国会議員懇談会」で、「日本は天皇を中心とした神の国」と発言したのを咎めている。何が悪いのか? 日本の歴史を見れば当然の発言ではないか。幕府将軍は朝廷から官位を貰っていたし、誰も天皇陛下に取って代わって皇帝になろうとしなかった。支那人と違い、我が国には易姓革命が無かったのである。天子様は神聖でいつも仰慕(ぎょうぼ)されていた。ところが、大前氏は違うらしい。
昭和18年生まれの私は、戦後民主主義教育によって、戦争放棄、主権在民の平和憲法を徹底的に教え込まれてきたため、森首相の「神の国」発言には鳥肌が立つほどの違和感を覚えた。 ( 大前研一 「Just Do It 」『サピオ』 2000年7月26日 p. 34)
若い世代は天皇や天皇制に対する実感がないから、「天皇を中心とする神の国」と言われてもその意味が分からぬのだろう、と推測する。大前氏は、森首相は「皇国思想」思想で30年間議員を続けてきたのか、と呆れている。青嵐会のようなタカ派であったことが国民にバレたのだ、とも述べている。大前氏は現憲法上では首相以外国家元首は有り得ないと断言している。国家元首は機関だから、象徴天皇は国家元首になり得ないそうだ。そして森首相には国家元首の自覚がないと批判している。
小渕首相の葬儀の時に外務省が外国要人の序列を間違えている、と大前氏は指摘している。オーストラリアのハワード首相、マレーシアのマハティール首相、カンボジアのフンセン首相が「国家元首」ではなく「首相級」に分類されたことが気にくわないのだ。小国の王様の方が席順が上だったからだ。オーストラリアはブリテン連邦に属しているから、国家元首は女王陛下である。マレーシアとカンボジアも立憲君主制で王国だから、首相は国家元首ではない。それなのに、大前氏は三名の首相は名実ともに「国家元首」だと言い張る。ならそれぞれの首相に直接聞いてみろ。君主制国家で国王でもない行政官が元首なんて言えるのか? イングランドの小学校にでも入学したらどうだ? 大前氏はよくそんな認識で、我々に外交を語れるものだ。大前氏の世代は学校で「日本の国家元首は首相である」と習ったからだという。(p35) もう馬鹿な学校秀才の典型例である。アメリカ占領軍が、戦争犯罪人の日本へ押しつけた仕置き用の掟(おきて)集が、今のマッカーサー憲法なのだ。大前氏に聞きたい。それなら、欧米の駐日大使らが日本に赴任すると、なぜ天皇陛下に拝謁するのか。国家元首の代理者(vicar) が、赴任先の国家元首である天皇陛下を訪れて挨拶するのだ。こんなの常識だろ!
そもそも大前氏は憲法史が分かっていないのだ。憲法(constitution) とは本来「國體(こくたい)」を意味し、いはば国家の体質を述べているのである。古代は慣習法が王国の基本法を形成しており、現在のように体系化された成文の法典になっていなかったのである。イングランドでは未だに憲法典は存在しない。古来の慣習法や法令の束が膨大にあり、法学者はそれらを研究したり、参照したりして判決を下すのである。法学院の学生は古来の法からその叡智や神髄を学ぶのである。大前氏は、大日本国帝国憲法(明治憲法) を今日読んでみて「その古さと危険性に改めて驚かざるを得ない。あの憲法にして、あの戦争があったのかという因果関係の必然性に、慄然とするのである。」と述べている。( 大前研一 『平成維新』 講談社 1989年 p..284)
大前氏は、明治の元勲が帝国憲法を創案するに当たって、伊藤博文や陸奥宗光が憲法学の基礎も知らなかったと思っている。伊藤や陸奥は当時の憲政史の大家であるルドルフ・フォン・グナイスト(Heinrich Rudolf von Gneist ) やローレンツ・フォン・シュタイン(Lorenz von Stein) について学んでいるのである。陸奥などは留学してシュタインのもとで勉強したくらいだ。憲政史や西歐史に疎い大前氏には、理解不可能だろうから、これ以上述べることは無駄であろう。(読者は英国のHenry Bracton, Sir Edward Coke, Sir Matthew Hale , Sir William Balckstoneを参照していただきたい。) 無知を天下に晒していることに気づかぬ大前氏は、伊藤博文が明治天皇を帝国憲法下で絶対君主と規定したと述べている。(p...298) 読者は笑いすぎて腹筋が引きつらぬよう注意せよ。こんな暴論を聞いたら、明治天皇と伊藤博文は唖然とするだろう。立憲君主として国民を慈しまれた明治大帝が、綿密に検討された帝国憲法で専制君主のように規定されるわけないだろう。どういう思考ならそんな見解が生まれてくるのか、正常な日本国民には分からない。
要するに大前氏の頭は、フランス革命の左翼憲法史観で汚染されているのだ。お金でしか物事を判断できぬ大前氏によれば、憲法は「国民個々及び全体の生活効用(幸福等) の最大化を目的として、そのための重要課題について規定する」ものらしい。損得勘定を超えた国家の伝統や歴史などは彼の眼中には無いのであろう。経済的効率を考えれば、なぜ大金を掛けて皇室や王室を維持せねばならぬのか、が分からない。左翼はそんな貴族制度の遺物は廃止しろと叫ぶ。国家は生命体であることに気づかぬ愚者が多いというのがよく分かる。
昭和天皇が戦犯だって?
経営手腕に詳しくても歴史知識に乏しい大前氏は、よせばいいのに歴史問題にちょっかいを出す。日経新聞がスクープした富田朝彦メモに飛びついたのである。この富田朝彦は隠れコミュニストで、昭和天皇のご発言をねじ曲げて自分の主張に利用したのである。皇室伝統や日本の国体を理解しいてない大前氏は、子供の頃に受けた教育だけで発言しているのだ。日経BPのブログで富田メモに触れている。( 第40回 「A級戦犯問題を『論理思考』で考察する」 日経BP社 「産業突然死」の時代の人生論 2006年8月9日) いつものように大前氏は、国家を会社に例えることが好きである。
“ 昭和天皇は戦前、日本の頂点に立つ最高責任者だった。会社で言えば社長にあたる。その天皇本人に責任がないはずがない。
昭和天皇が社長ならA級戦犯は執行役員たちだ。にもかかわらず、昭和天皇かが自分には責任が無く、部下追い込まれたような言い方をしている。また、自分の筆頭部下だった人ちた、つまりA級戦犯の人たちを「あいつは嫌いだ」「こいつに嘘を付かれた」「そいつにやられた」と個人攻撃をするのもどうだろう。”
大日本帝国憲法下で昭和天皇は統帥権をもつ大元帥陛下であったが、実際は内閣総理大臣に政務を委任していたのである。これは、渡部昇一先生も指摘されているが、明治の元勲は首相が兵馬の権を持てば幕府将軍になってしまう虞(おそれ)を抱いていたからである。明治天皇は伊藤博文ら元勲に信頼を寄せて、政務や軍事を任せていらしたし、だれも陛下が御親政(ごしんせい) を望まれることなど想像していなかったのである。だから明治政府は憲法に首相の権能を明確に記述しなかったのである。英国と同じく立憲君主制を理想とし、不文の慣習法でよいと思っていたのである。
昭和天皇が戦争責任を臣下に押しつけ、自分だけ命拾いをとようとした、と大前氏は本気で思っているのか。陛下は戦争犯罪の共犯者という発想は、まさに戦後左翼の思考ではないか。大前氏は富田元長官がメモを書いた頃(1988年ころ)を指して、
昭和天皇から“共同正犯”という意識は薄れ、自分は被害者だ、A級戦犯が犯人だ、特に松岡、白鳥などを祭るとは何事か、筑波の跡を継いだ松平宮内大臣の息子(永芳氏)はとんでもない勘違いをしている。何たることか、と心情を吐露している。それから自分は靖国神社を参拝しなくなった、と言っている。つまり自分を追い込んだ軍部の面々が一緒では嫌だ、という理屈だ。・・・・いずれにしても、昭和天皇は免訴され、他の戦犯と一緒に裁かれることなく、責任も取らず、「新しい任務」が与えられた。
この経営コンサルタントは立憲君主制をまったく分かっていない。イングランド王国は立憲君主制の模範であり、欧米の憲政学者は必ず勉強する国である。大前氏にイングランド憲政史の大家フレデリック・メイトランド(Frederic W. maitland) やウィリアム・ホルズワース(William S. Holdsworth) の著作を読めといっても無理だろう。欧米の教養が足りなさすぎる大前氏には理解できまい。このブログ読者には、是非ウォルター・バジョットの『イギリス国体』を読んでもらいたい。日本の立憲君主制を知ったら、欧米の知識人はきっと驚くだろう。昭和天皇には「警告権(the warning right)」すら無かったのである。バジョットが国王の権能について述べている。
その問題を手短に述べると、イギリスのような立憲君主政のもとでは、君主は三つの権利をもつ。すなわち、相談を受ける権利、奨励する権利、警告を発する権利である。・・・・君主は大臣に向かって言う、「これらの政策の責任は汝にある。最善と思うことを成せ。汝が最善と考えるものは朕の全面的かつ有効な支持を得るものとなろう。ただし、あれやこれやの理由から、汝の提案を実行することは具合が悪い、いろいろな原因から提案せぬ方がよいということに気づくであろう。朕は反対せぬ。反対せぬことが朕の義務である。たが、朕は警告することを覚えておくがよい。 (Walter Bagehot, The English Constitution, in The Works of Walter Bagehot, Vol. IV, Edited by Forrest Morgan, Hartford, 1891, p. 112)
欧米の教養をもつ紳士ならウォルター・バジョットの言うことくらい常識として知っている。立憲君主制の統治機構くらいは大学生でも理解しているのだ。大前氏の周りには知能が高い紳士がいないのであろう。東洋のカエルくらいにしか思われていないのだ。まったく恥ずかしい。欧米の君主や貴族なら、昭和天皇が麾下の軍隊に対して言外の脅しや睨みをしていなかったとは、信じられないのである。王国の命運が懸かっているのに、臣下の暴挙を阻止できぬとは考えられないのである。だから欧米人は昭和天皇に責任があると、勘違いしてしまうのだ。
立憲君主を生真面目に遵守しようとなされた昭和天皇は、じつに痛々しいお姿に見える。臣民が英米を相手に闘えば、必ずや大量の戦死者が出るとことを確信なされていたのである。共産主義者の近衛文麿が対米戦争を仕組み、東條英機が阻止できなかったのだから、陛下の御宸襟(ごしんきん)は張り裂けんばかりであった。対米開戦のとき鈴木貫太郎大将が内閣を率いていれば違ったであろうが、真面目が取り柄だけの東條首相では力不足であった。
大東亜戦争も末期にさしかかった頃になって、ようやく陛下が公式にご下問できたのである。木戸内大臣や鈴木首相、東郷外相などをお召しになった陛下は、ご自分のお命は一切顧みず、国民の命を救いたいことのみをお考えであった。臣民が選んだ若きプリンスが赤い悪魔で、スターリンの日本占領のために国家破壊を目論む一方で、戦争反対の陛下は全責任を背負うおつもりであった。陛下の御諚(ごじょう)を我々は知るべきだ。
私は世界の現状と国民の事情とを充分見当した結果、これ以上戦争を続けることは無理だと考える。・・・・陸海軍の将兵にとって、武装かいじょなり、保障占領というようなことは、まことに堪え難いことで、その心持ちは私にはよくわかる。しかし、自分はいかになろうとも、万民の命を助けたい。この戦争を続けては、結局我が国がまったく焦土となり、万民にこれ以上苦悩を嘗めさせることは、私としてはじつに忍び難い。祖宗の霊にお応えできない。
わたしは、明治大帝が涙をのんで思いきられた三国干渉当時の御苦衷をしのび、この際耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、一致協力将来の回復に立ち直りたいと思う。・・・・
( 甘露寺受長 『天皇さま』 日輪閣 41年 pp.283-284 )
陛下は白い手袋の指でしばしば眼鏡を拭われ、頬をなでられたのである。まわりの者から涙が溢れてきた。御諚が終わると、皆がすすり泣き、しゃくり上げる声で一杯だった。陛下の御聖断にそれぞれが感動し、感謝の念で胸が詰まっていたのである。大前研一よ、お前も日本人ならこれくらい理解しろ。お前なんぞ東京都知事になってふんぞり返ることしか頭になかったんだろう。国民のために絞首刑台に立てるのか? 自分が反対したことの責任を取って、黙って首を差し出せるのか? お前のネクタイで一度試してみろ。
昭和天皇の苦悩も知らずに、何が“論理思考(ロジカルシンキング)”だ。よくも「明治憲法下で統帥権をもつ昭和天皇の戦争責任は明白である」などと口にできるものだ。お前がご自慢のクラリネットは法螺貝か? ドレミじゃなくてホラを吹いているんじゃないか。
戦後教育の左翼偏向に気づかぬ大前氏は、朝日新聞やNHKの代弁者である。
(私は)一貫して分祀論者、靖国参拝反対論者であった。支那や朝鮮の反発を避ける方法として、靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵の「アーリントン墓地化」を提案してきた。公人は千鳥ヶ淵の墓地蚤参拝で、靖国は国民の統合の象徴(天皇)、および選ばれた代表(首相など)は参拝しない。靖国神社は自分たちの好きなようにすればよい。支那人や朝鮮人に配慮し、未来へ向けての善隣・有効を促す。このプロセスを冷静に経過せずには国民的な集団知(IQ)も向上しないだろう。
もういい加減にしろ、大前! 千鳥ヶ淵にそんな墓地を作ったって、誰も参拝に来ないだろう。国家に命を捧げて散華した英霊に無宗教で祈るのか? 信仰に基づかない墓地で、国民が神聖な祈りを捧げるのか? 日本人は神社の境内をうろつく野良犬じゃないんだ。大前よ、参拝の意味が分かっていないんだろう。我々日本人は、祖先が大切にした信仰心と愛国心で英霊に感謝するんだ。日本人は純粋素朴に心の中で手を合わせるんだ。分かったか、大前。お前なんか支那か朝鮮に行ってしまえ。つづく。