十二月九日(土)
小泉信三氏は慶応義塾長で内閣顧問だ。痩せて、五貫目ほど減ったというが、それでも最近一貫五百匁ほどふえたという。驚いたことには、全く右翼的になっている。「戰爭がどうなっても、米国の奴隷になるよりいい」と彼はいう。「奴隷になるということは、どういうことでしょうか」というと、「講和條件にもよるが」と言う。「この戰爭が二年も続いたらどうなるか」と聞けば、「生活程度が低くなるだけで、戰爭はやれる」と答える。戰爭終結の処理というようなことは、以っての外だという態度であり、そういうことは考えても罪惡だというのである。
僕は淋しくなった。小泉氏のごときは、最も強靱なリベラリストだと思った。しかるに今これが全く反対であることを発見した。杉森氏に帰途「小泉氏は変った」というと、「自己の地位のプロテクションもあろうが」と言う。それにしても大臣待遇とか、塾長になれば、こうも変るものだろうか。日本人がそうなのか、学者は時の問題に諒解をもたぬのか。
この間、伊藤正徳が松本氏に「小泉君は誰にも評判がいい」と言った。松本博士は義兄である。が、「誰にも評判がよくない。現に家では、あんな最右翼みたいなことを言ってと、評判が惡い。清沢さんのようになってくれるとよいがと言っていますよ」と言ったそうだ。
小泉氏に惡意はもたぬが「この人が」と淋しいことは事実である。
政府およびその関係者、識者は、まだ非常に強気である。最後までのことを突き進んで考えることを恐れているようだ。