三月二十一日(火)
さきごろ避難荷物の檢査があった。その檢査官は、出入りの大工松村である。われらの隣組長を従えて挙手の礼をして、「よく出來ました」とほめて行ったそうだ。ワイフは、「いままでは勝手口から出入りするにも遠慮してましたのにね」という。
ここに問題は二つある。一つは大震災のときもそうであったが、秩序維持の責任が、大工、植木屋、魚屋などに帰したことだ。彼らはちょうどいい知識と行動主義の所有者だ。第二は個人の持物をも、警察の代表者によって檢査させるという干渉主義の現われだ。新聞には疎開荷物の中にカンカン帽があったとか、ピアノがあったとか、そんなことばかり書いてある。荷物の分量をきめて、何をもって行くかは、その人の裁量に任せればよいではないか。その人によって最も大切なものの観念が違うのである。