https://www.youtube.com/watch?v=5Hb6g5AtKbU
引用:文春
衝撃の電話
この電話から4日後、逮捕予定の当日に、捜査員A氏から連絡が来た。
もちろん逮捕の連絡だろうと思い、電話に出ると、A氏はとても暗い声で私の名前を呼んだ。 「伊藤さん、実は、逮捕できませんでした。逮捕の準備はできておりました。私も行く気でした、しかし、その寸前で待ったがかかりました。私の力不足で、本当にごめんなさい。また私はこの担当から外されることになりました。後任が決まるまでは私の上司の〇〇に連絡して下さい」
驚きと落胆と、そしてどこかに「やはり」という気持ちがあった。質問が次から次へと沸き上がった。 なぜ今さら? 何かがおかしい。 「検察が逮捕状の請求を認め、裁判所が許可したんですよね? 一度決めた事を何故そんな簡単に覆せるのですか?」
すると、驚くべき答えが返ってきた。 「ストップを掛けたのは警視庁のトップです」 そんなはずが無い。なぜ、事件の司令塔である検察の決めた動きを、捜査機関の警察が止めることができるのだろうか? 「そんなことってあるんですか? 警察が止めるなんて?」 するとA氏は、 「稀にあるケースですね。本当に稀です」 とにかく質問をくり返す私に対し、 「この件に関しては新しい担当者がまた説明するので。それから私の電話番号は変わるかもしれませんが、帰国された際は、きちんとお会いしてお話ししたいと思っています」 携帯電話の番号が変わる? A氏はどうなるのだろうか? 「Aさんは大丈夫なんですか?」 「クビになるような事はしていないので、大丈夫だと思います」
「全然納得がいきません」
後は、A氏はひたすら謝り、私が何を聞いても、「自分の力不足という事で勘弁して下さい」と言うだけだった。 「納得が出来ません」
今まで私は、何度かA氏に、 「そこまで捜査に口を出すなら自分でやってください、警察なんていらないでしょ?」 と言われ、それからは警察に頼んだのだから、絶対的な信頼をして協力をしようという姿勢を見せてきた。そうしなければ、やる気を失われ、とり合ってもらえなくなると身をもって感じたからだ。
しかし、ここまできたらもう、そんなことはどうでもよくなった。 「全然納得がいきません」 と私が繰り返すと、A氏は「私もです」と言った。それでもA氏は、自分の目で山口氏を確認しようと、目の前を通過するところを見届けたという。 何をしても無駄なのだという無力感と、もう当局で信頼できる人はいないだろうという孤独感と恐怖。自分の小ささが悔しかった。今までの思い、疲れが吹き出るかのように涙が次から次へと流れ落ちた。
よく聞くと、A氏は逮捕が止められた理由について、何も聞かされていないのだという。それでは新しく担当になる人も同じなのでは? と言うと、「そうだと思う」という返事だった。
A氏はこの2ヶ月間、ものすごく多くの時間を割いてこの事件について調べ上げ、私の主張と上からのプレッシャーに挟まれながらも、最後まで頑張ってくれた。今さら誰が代わりになるというのだろう? また振り出しに戻り、新しい捜査員に同じ話を何度もすることになるのだろうか。